多和田葉子、斎藤美奈子、和田誠、本の雑誌、玉村豊男、Jesse Winchester

〈多和田葉子〉

朝日新聞の新連載、「多和田葉子のベルリン通信」(5月19日)。〈歴史の輪郭が次の世代に伝わりにくくなってきた。〉というのは、日本も変わりない。21世紀は20世紀とはまったくちがう。時間はつながっているはずなのに。19世紀と20世紀もそうだったのだろう。美術の歴史をみるだけでも、20世紀は大きな変化をとげている。21世紀もまたとんでもない時代。

 

〈今ドイツ社会が揺らいでいるのは、難民を受け入れたからでもテロ事件が起ったからでもない。保守も革新も同意していた歴史の輪郭が次の世代に伝わりにくくなってきたからだ。ナチス政権が人種、思想、宗教を理由に差別、迫害、殺人を行ったこと、言論の自由を侵害したこと、ナショナリズムを煽って侵略戦争を行ったことは、どんなに政治的立場が違っていても一応みんな認めてきたはずなのに、それを平気で否定するような演説が現れ、支持者を得るようになってきた。〉

 

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TIME誌5月29日号。誌名や日付や定価以外に、文字が一切ない。最初、なにかわからなかった。よく見るとクレムリン宮殿にホワイトハウスが浸食されている絵(Brobel Design)。表紙にあらわれる風刺画。

 

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アメリカのNBCテレビのSaturday Night Live(1975年から始まって、2016年末から第42シーズン。初期の出演者は言わずと知れた、ジョン・ベルーシ、ダン・エイクロイド、チェビー・チェイス、ギルダ・ラドナー)ではアレック・ボールドウィンがトランプに扮したりしてからかっている。ウェブのNYTimesで記事とNBCのサイト。日本のテレビじゃ、安倍をからかうことは一切ない。「ザ・ニュースペーパー」に番組をやらせる局はないのだろうか。毎日5分でいいから。今こそ安倍だけじゃなく、愚かな閣僚や官僚たちの大笑いのギャグを見せられるチャンスだ。こんなに風刺のネタの豊富な時代もめったにないのに、ほうっておくのはなんとももったいない。海の向こうのトランプだけに笑いのネタを独占させるなんて。うちらの首相やその夫人、法相、防衛相、財務省、文科相その他の政治家もけっこうかましてくれてるからつっこまないと。

 

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トランプのおかげで、アメリカの新聞や雑誌が部数をのばしている。日本の新聞やテレビも、国民をこけにしている由々しき「共謀罪」「モリ・カケ騒動」で元気にならないものか。

 

〈トランプ大統領が「フェイク(偽)・ニュース」と名指しで批判した米紙ニューヨーク・タイムズやCNNテレビなど「主流派」と呼ばれる米メディアが読者、視聴者を急増させている。(略)NYタイムズは今月上旬、電子版の購読が二百万部を突破してと発表した。一~三月期で、約三十万八千部の新規購読があったという。2011年に電子版を有料化して以来、四半期では最大の部数増。紙版と合わせた総部数は約三百万部となった。(略)米メディアが「トランプ・バンプ(旋風)」と呼ぶ販売増の現象は他のメディアでも起きている。ボストン・グローブ紙やタイム誌なども部数を増やしている。CNNは一~三月期、25~54歳の年齢層の視聴者数が前年同期比で21%笛、過去14年間で最も視聴者が多かった第一・四半期となった〉(東京新聞/5月21日)

 

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〈本の雑誌〉

「本の雑誌」6月号。連載の巻頭カラー「本棚が見たい」(本屋さんと個人の書棚、4頁ずつ)は字游工房の鳥海修さん。私がデザインした本『高山れおな句集 俳諧曾我』や『蓼科日記』がある。7月号は私の本棚です。鳥海さんのように整理されていないので恥ずかしい。

 

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「本の雑誌 厄よけ展」が「町田市民文学館ことばらんど」で6月25日までやっている。創刊42年記念の展覧会。私はまだ行けていないが、きっと面白いはず。2014年10月の「尾辻克彦×赤瀬川原平ーー文学と美術の多面体」展がなかなかよい展示だったから、これも期待できる。

 

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『だだずんじゃん』川崎洋・詩/和田誠・絵/いそっぷ社/2001年刊

 

前回、Christoph Niemannの「One Minute till Bedtime/60-SECOND POEMS TO SEND YOU OFF TO SLEEP」を紹介したが、これも詩人とイラストレーターが組んだ本。2色。絵と詩の組み合わせは楽しく美しくて気持ちがよい。「自由価格本」のシール付きで半額だった。こんな本をもっと作ってほしい。

 

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〈斎藤美奈子〉

月刊「ちくま」連載、斎藤美奈子「世の中ラボ」第85回〈安倍ヨイショ本に見る「忖度」の構造〉

 

この筑摩書房のPR誌では、巻頭の橋本治さんのエッセイ「遠い地平、低い視点」と、これが毎月の楽しみ。毎号、一つのテーマについて三冊の本が選ばれる。最近とりあげたのはこんなのがある。

 

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1月号のテーマ『ドラマになった「お仕事小説」を読んでみた』(『校閲ガール』『書店ガール』『水族館ガール』)

 

〈いやー、こうしてみると、お仕事小説って意外と難しいジャンルなんだね。業務内容を伝えなければ小説にはならず、かといって業務に拘泥しすぎると物語性が弱まる。それでもお仕事小説はもっと増えてしかるべきだろう。「○○ガール」であれ「○○ボーイ」であれ。だってドラマに登場するのは刑事や医者や素人探偵ばっかりなんだもん。仕事の多様性を知ることは未来を開く扉ですよ。〉

 

2月号「城ってなに? ブームの成果を入門書に見る」(『図解 戦国の城がいちばんよくわかる本』『城館調査の手引き』『日本から城が消えるーー「城郭再建」がかかえる大問題』)

 

〈ここ10年ほど、城が空前のブームである。

きっかけのひとつは2006年に財団法人日本城郭協会が「日本100名城」を選定したことだろう。07年には公式ガイドブックの発売とともにスタンプラリーがスタートし、スタンプ帳を手にしたお城ファンが各地の城を訪れるようになった。

私はディープな城マニアではないけれど、このスタンプラリーに参加しちゃったのが運の尽き。なんだかんだ、10年弱で90城を制覇するところまでは来た。「日本100名城」の特徴は、北海道から九州・沖縄まで全47都道府県から最低でも一都道府県に一城(多い県は五城)が選ばれていること。また、古代から中世、近世まで各時代の城がバランスよく選ばれていることだ。つまり100城回れば、日本の全国の城(と城下町)を訪れることになり、同時に城の歴史と変遷もつかめるという寸法である。〉斎藤さん、お城をめぐっているのだ。

 

3月号「観光と基地の間に隠れた、もうひとつの沖縄」(『消えゆく沖縄ーー移住生活20年の光と影』『沖縄問題ーーリアリズムの視点から』『沖縄の不都合な真実』)

 

〈いやー、でもよくわかりました。「明るい沖縄」も「暗い沖縄」も本土人の思い込みだということが。〈「戦争と基地の島」「自然の楽園」というイメージは沖縄の一面であり、一種の幻想です。この沖縄幻想を支えているのが本土のマスコミや沖縄フリークの学識者です。この構図が沖縄問題をややこしくしています〉とは『沖縄の不都合な真実』の一節だが、立ち位置こそちがえ、他の二冊にも根底には同様の戸惑いが流れているように思われる。〉

 

4月号「LGBTといまどきの小説」(『名前も呼べない』『そういう生き物』『トランペット』)

 

〈こないだ、ふと思ったのだが、空前のベストセラーになった吉本ばななのデビュー作『キッチン』(1988年)ってLGBT小説のはしりだったんですよね。〉

 

5月号はタイトルどおり安倍の本。安倍の謎が少し解けた気がする。

 

〈あきれたことに、田崎も山口もこうした官邸のやり方を批判したり問題視する気配はまったくないのだ。(略)山口にいたっては〈外部からの観察者という立場を超えて、図らずもメッセンジャーとなったり、政局の触媒となったりする〉ことは〈記者も永田町の構成員である以上、避けられない〉と開き直るありさまだ。(略)

 

メディアが政権批判に及び腰なのは「官邸の圧力」や「記者の自粛」によるものだと私たちは考えてきた。だけど、圧力をかけるまでもないのよね。想像するに、似たような腰巾着型の政治記者は各社にいるのではあるまいか。最初から安倍に共鳴していたのかどうかはともかく、年中会食やゴルフや登山をし、ときには政治家間の仲介役を務め、ときには政策の入れ知恵までしていたら、いやでも情は移り、権力の側から世間を見る癖がつく。

 

ジャーナリズムの最大の役割は権力の監視である。という常識もどこ吹く風。これではニュースの質が落ちるのも道理だし、安倍政権がやりたい放題なのも道理である。役人のみならず、記者の「忖度」もまた、権力を肥大化させた原因なのだ。〉

 

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〈玉村豊男〉

休刊になった雑誌「考える人」の最終号に、玉村豊男さんのエッセイ。42歳で突然原因不明の吐血をして倒れる。そのときの輸血でC型肝炎にかかり30年慢性肝炎とつきあうことになる。

 

〈一版向けの医学書には、慢性肝炎を十年やると肝硬変になり、肝硬変を十年やると肝ガンになって、やがて死に至ると書いてあった。どの本を読んでも同じように書いてあるので、余命は二十年から二十五年、多少の延命はしても七十歳までに私の生涯は終わるだろうと思うようになった。〉

 

〈C型肝炎が薬だけで治るという話は、N先生から二年前に聞いた。(略)新薬の効果は劇的だった。飲みはじめてからわずか一ヶ月半で、三十年間も私の体内で暴れていたC型肝炎ウィルスがあとかたもなく消滅したのである。(略)が、あっけなく長年の宿痾から解放されてよろこんでいる私を待っていたのは、さらに想像を超える出来事だった。〉

 

〈肝炎が治ったら、肝ガンになった。最新の薬でC型肝炎が治った患者の中に肝ガンを発生するケースが数多く見られることが、いま学会で話題になっているのだそうだ。(略)東京の病院で診断が確定されたときは、来るべきものが来た、という感慨とともに、なぜかさっぱりとした、心の重荷が下りたような晴れやかな気がしたのを覚えている。〉

 

〈肝臓がん患者の平均余命は五年に満たないというが、とりあえず、あと二年と私は見積もっている。二年生き延びたら、あと三年をどう過ごすかはそのときに決めればよい。もし半年しかないと言われたら、さすがにちょっと淋しい気はするが、それでも死ぬまでに慌ててやるべきことなど、とくにない。一日、一日、目の前の些事を片付けながらいつものように日常を過ごし、いつものように眠って、いつものように目が覚めたら犬と散歩に行く。死ぬまでそんな毎日が過ごせれば、それ以上の望みはない。〉

 

玉村さんが書いた本はたくさんある。記憶に残っているのは『パリ 旅の雑学ノート』(1977年)『回転スシ世界一周』(2000年)『パリのカフェをつくった人々』(元の本は1992年の『パリ物語 グルメの都市をつくった人々』。私は1997年の中公文庫版で読んだ)『千曲川ワインバレー 新しい農業への視点』(2013年)。玉村さんのワイナリー、ヴィラデストのレストランで、二回お昼を食べた。ワイナリーがある、長野県東御市(旧東部町)は、以前よくスキーにかよった峰の原高原の途中の町だ。夏、峰の原の定宿のペンションに泊まるついでに寄って、ワインも買った。お店の外のテラスのテーブルで玉村さんが、ひとりでワイン(お茶だったかもしれない)を飲んでおられたのを見かけたことがある。

 

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なんで女子高生がPLAYBOYのリュックがお気に入りなのか。アーノルド・パーマーの靴下を履いている子を何度か見たことがある。女子高生はおっさん趣味が好きなのか。隣りの子はヤンキーズファンだ。

 

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仲のいい少年。兄弟かな。最近の子供はカラフル。

 

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都電、鬼子母神前駅。こまかい電光版。電車の姿を見せている。

 

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ぼろぼろになった災害時の道の案内。これで役にたつのか。ただ、この経年変化の古び感はとてもいい。

 

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「ココデお待ち下さい」京王バスの中野車庫の入り口にあった。以前ここに停留所があったのか。このかすれ具合もよい。

 

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最初から皮がむいてあるみかんだから「むかん」。大阪駅で。誰やろ、こんなアホなこと考えるヤツは。

 

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JR天満駅。出口のサイン。漢字と欧文の組み合わせがストレートでよい。年代物。

 

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相変わらず、タレントの顔だけの広告が跋扈。前々回でやった「顔ふたつ」のつづきに、究極の顔広告は顔ひとつ。あいもかわらず退屈な電車の広告。黒田投手やあさちゃんも出てくる。カナダのイラストレーターチームもスーモも、この「顔ひとつ」に参加。メトロのポスターの石原さとみが、「顔広告」の先鞭かな。最近のは福山とジョニー・デップの顔ふたつ。よくこんな芸のないことをつづけられるものだ。安直きわまりない。もう、こんなの集めるのやめよう。お目よごし、失礼しました。

 

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〈Jesse Winchester〉

「Love Fillng Station(「愛のガソリンスタンド」、あるいは「愛の給油ステーション」? ジャケットは給油所の廃墟)」、2014年に亡くなったジェシ・ウィンチェスターのラスト・アルバム「A REASONABLE AMOUNT OF TROUBLE」(「無理なき量のトラブル」)のひとつ前の作品(たぶん)。2009年に出たこのアルバムは知らなかった。やさしい感情が気持ちいい。最近の愛聴盤。ラスト・アルバムも素晴らしかったが、これも負けず劣らずよい。聴いていると、この二枚は対のようだ。

 

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最後のCDが出てすぐに、彼は逝ってしまった。このジャケットの絵は、ジェシ・ウィンチェスターが1969年にカナダからメンフィスに引っ越した後、彼自身が描いてお母さんにプレゼントした水彩画、アルバムの6曲目の「Ghosts」という曲もお母さんに捧げたもので、この絵に合わせた作品だとライナーノーツにある。

 

She is standing in the airport

She is telling me goodbye

She is telling me she loves me

And there are teardrops in her eye

And when I look at that old picture

It always makes me blue

And there are days where that’s all that I do

 

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今日の一曲は、これ。

Ghosts/Jesse Winchester