〈詩/荒川洋治〉

 

「ユリイカ」4月号の、第22回中原中也賞の荒川洋治さんの選評。受賞作は『長崎まで』野崎有以(思潮社/2016年刊)

 

〈一つ一つの詩では何をしてもよい。もっといえば適当に書いてあってもいい。ゆるくても甘くてもいい。どのようにあってもいいのだ。最後に、ひとつ詩が残るかどうか。全体をつらぬく、一筋のものがあるか。それを基準に詩をみることが大切だ。(略)一見、たしかに生活作文のような流れではあるが、ところどころに、ここ、というところで、いいフレーズがあり、胸に迫る。さほど人生経験をもたない人にも芽生える強い郷愁、人間的であろうとする願いが、みごとに表現されている。

ことばの組織は、詩ではない。際立つような意匠も飛躍もない。だが、詩はどんなことばで書かれるかではない。詩で詩を書く必要はないのだ。一冊を読みおえたときに、詩があるかどうか。それで価値が決まる。『長崎まで』には、詩がある。一筋の詩を感じる。詩を書く人の才能を感じる。〉

 

ユリイカ_20170421_

 

〈中川五郎〉

 

1月に中川五郎さんのライブ・アルバム『どうぞ裸になってください』が完成した。このブログですぐに紹介するつもりだったが、おそくなってしまった。

久しぶりのCDのデザイン。このアルバムのプロデューサーの沢知恵さんからの依頼。彼女自身の『わたしが一番きれいだったとき』(2005年)のデザインを気に入ってくれて、いつかまた頼みたいとずっと思っていたのだと。そのとき彼女に私を推薦してくれたのは、S出版社のMさんだ。それから12年後。

 

sawa_1

 

sawa_2

 

sawa_3

 

中川五郎さんには若いときに会っている。まさか、彼のCDをデザインするとは想像もしなかった。知り合う前、彼が高校生のときに作った歌を、同じ高校生(ぶらぶらしていて、学校には行ってなかったが)だった私はラジオで聴いている。彼が歌っていたと思いこんでいたが、調べてみたら作詞=中川五郎、作曲=高石友也。私には「受験生ブルース」は中川五郎の歌だった。70年代の前半、「春一番コンサート」を手伝っていた頃、主催者の福岡風太君に紹介してもらったのが最初。五郎さんのアパートで会った記憶がある。この頃、福岡君に連れられて様々なミュージシャンに会っている。

去年の7月25日、下北沢ラ・カーニャでこのアルバムの中川五郎さんのライブ・レコーディングを聴いた。80年代後半から東京に住みだしてから、中川さんとはごくたまに下北沢で会うことがあった。彼の歌をこの前に聴いたのはいつだっただろう。ひさしぶりだ。バンジョーを弾きながら歌っている。さまざまな詩を取り上げる。とても自由だ。トーキングブルース・スタイルの歌は、このひとぐらいかもしれない。音楽を聴いて心が解放されていく。これほど素晴らしいことはない。

 

このCDのデザインは、無理矢理なアイデアをひねり出すこともなく、沢さんの希望にあわせながら自然にこの形になった。五郎さんの素晴らしいライブで自分が感じたことを素直に出せた気がする。表側の絵は中川さんのパートナーの油彩画。文字は入れない。タイトルは村山槐多の詩。彼が槐多のこの詩に曲をつけて歌っている。自筆の詩の画像を所蔵先の三重県立美術館から提供してもらう。裏側にその詩の原画を使う。ケースの内側は、当日お店に入口に貼ってあった五郎さんの手描きのポスターと熱演の写真。歌詞のブックレットとクレジットの折り込みを別にする。歌詞は行長や行数がさまざまなので、縦組と横組の混在にする。五郎さんとはつきあいの長い岡本尚文さんの写真がすばらしい。

 

nakagawa_20170501_1

 

nakagawa_20170501_2

 

IMG_3752_nakgawa_3

 

チラシを作った。歌詞以外のCDに使った画像や要素をすべて再構成する。

 

nakagawa_ƒ`ƒ‰ƒV_B_120716

 

nakagawa_ƒ`ƒ‰ƒV_B_120716

 

沢さんにお願いしてポスターも作った。ポスターは裏表印刷でちがうデザインをした。好きな方を貼ってもらったり、2枚ならべてもよい。これは初めての試み。

 

ƒvƒŠƒ“ƒg

 

ƒvƒŠƒ“ƒg

 

〈春一番2017〉

 

春一番のポスターができあがった。森英二郎さんの絵は去年とはちがってみっちり描きこまれている(彫りこまれているというべきか)。西岡恭蔵の「春一番」の冒頭の歌詞が描かれている。絵に文字がはいるのは森さんの棟方志功への憧憬。今年もコンサートをすこしのぞかせてもらうつもり。5月5日は大病にめげずに頑張っている西宮の友人に会う。6日に沢さん、中川五郎さん、佐藤良成さんの「どうぞ裸にトリオ」を見るつもり。

 

乾いた街に 風が吹きはじめた

冷たい通りを抜けて

君の窓まで

 

いつまでもまつ事はない

まぼろし達をおいはらえ

春一番がつくるのは

それは君の春の祭

 

2017春一番ポスター入稿_軽

 

〈Christoph Niemann〉

 

Christoph Niemannの四冊の本。本棚の整理をしていたら、2012年の彼の本 “ABSTRACT CITY” がでてきた。これは彼がNewYorkTimesのvisual blogで発表したものをまとめたものだ。このブログが面白くて彼のファンになった。その本を拾い読みをしていたら、最後の絵入りのあとがき(Afterword)で、彼の自分の仕事のやり方を披露している。最初に、チャック・クロースを引用がある。

“I always thought that inspiration is for amateurs—the rest of us just show up and get to work.”

—Chuck Close

〈インスピレーショというのはアマチュアのためのものだ。そうじゃない僕らは、ここにきてただ仕事をするだけだ。〉

 

「I LEGO N.Y.」Christoph Niemann/2010/ABRAMS IMAGE/頁サイズ:138ミリ×177ミリ(天地×左右)

NewYorkTimesのvisual blogで彼の仕事を最初に見たシリーズ。レゴをひとつもしくは、最小限の数ピースで何かにたとえる。笑える。

 

niemann_1_20170501

 

niemann_2_20170501

 

niemann_3_20170501

 

niemann_4_20170501

 

「ABSTRACT CITY」Christoph Niemann/2012/ABRAMS/頁サイズ:221ミリ×158ミリ

 

これは、彼のNewYorkTimesのvisual blogの総集編。

 

niemann_5_20170501

 

niemann_6_20170501

 

niemann_7_20170501

 

niemann_8_20170501

 

niemann_9_20170501

 

_niemann_10_20170501

 

_niemann_11_20170501

 

「SUNDAY SKETCHING」Christoph Niemann/2016/ABRAMS/頁サイズ:269ミリ×208ミリ/小口がブルーに塗ってある。表紙のインクにあわせたのか。

 

_niemann_12_20170501

 

niemann_13_20170501

 

_niemann_14_20170501

 

この本はこんな文章から始まる。彼が生まれたという〈ドイツ南西部の街〉はシュトゥットガルトの近くのヴァイブリンゲン。

 

〈努力すれば才能の無さを補えると思っていた。しかし、それだけではすまない核心があることに徐々に気がつきだした。〉

 

niemann_15_20170501

 

_niemann_16_20170501

 

〈細かいことにこだわっているうちに、仕事と生活のより大きな側面を無視してた。水泳をしているときに、ストロークやターンに神経を使っている間に、水やはねる波で周りが見えなくなるように。〉

 

niemann_17_170501

 

〈しばらくして、私は自分の頭の中をのぞいてみて何だと思った。

わあああー!

私はどこにいるんだ。〉

 

_niemann_18_20170501

 

〈私はどこから来たんだ。

どこへ行こうとしているんだ。〉

〈私はドイツの南西部で生まれて勉強した。〉

 

_niemann_19_20170501

 

〈学位を取った後、ここにはいられないと思った。

なんであれここを去ろう。〉

〈それでニューヨークへ行った〉

 

_niemann_20_20170501

 

そして、彼はその街に恋をして、仕事をし、素敵な奥さんと出会い、子どもが出来る。

その後、〈安楽な場所からぬけて〉ベルリンに住むことを決断する。

 

_niemann_21_20170501

 

_niemann_22_20170501

 

〈ニューヨークではプロフェッショナルになることを学んだ。そして徐々に自分を緩めなければと感じだした。ベルリンはアイデアを可能にするのにそんなに心配しなくてすむ。ここに移ることは美術学校に戻るようなものだ。〉

 

_niemann_23_20170501

 

_niemann_24_20170501

 

こうして彼の作品のシリーズやスケッチが紹介されていく。彼の絵の特徴は絵ではないものと自分の絵の組み合わせ。あるいは、絵ではないものそれ自体を絵にする。そのコンビネーションや思いつきから生じるユーモア。彼の絵を見ているとニヤニヤしてしまう。「SUNDAY SKETCHING(日曜日のスケッチ)」という書名は、そうした彼の自由な絵に対する態度をあらわしているのだろう。

 

「One Minute till Bedtime/60-SECOND POEMS TO SEND YOU OFF TO SLEEP」Kenn Nesbitt & Christoph Niemann/2016/Little, Brown and Company/頁サイズ:253ミリ×204ミリ

タイトルの『おやすみまでの1分/眠りにつくための60秒の詩集』のとおり、子供のための短い詩のアンソロジー。Christoph Niemannがそれぞれの詩に絵をつけている。

 

niemann_25_20170501

 

niemann_26_20170501

 

_niemann_27_20170501

 

_niemann_28_20170501

 

_niemann_29_20170501

 

〈ソウルの詩集〉

 

ソウルのレポート三回目。前々回のブログ、谷口ジローさんの『孤独のグルメ』があったKYOBO書店で見つけた本。日本の文庫より少し小さな本(タテ135ミリ×ヨコ100ミリ/日本の文庫は大体、タテ148ミリ~150ミリ×ヨコ105ミリ)、二冊は『白石 詩集』『金素月 詩集』、一冊はコナン・ドイルの『緋色の研究』。

共紙で見返しを一枚作っている。2月のソウルのタイポグラフィセミナーで、ハングルの文字間のつめ過ぎを指摘した発表があったが、この本の本文はまさにその典型例。よく詰まっている。感心するのはバーコードの小さいこと。うらやましい。日本の書籍のバーコードは世界一大きい。

私はレジで袋がほしかったので入れてもらったが、前の親子は紙の帯で三冊まとめてもらっていた。エコだ。普段は書店では本の書店カバーも袋もことわる。鞄か用意しているレジ袋に入れる。KYOBO書店で買った三冊の本の地の小口部分に日付印とマークがある。レジでつけたのだろうか。万引き防止か?

 

IMG_3751_詩集_1

 

IMG_3750_詩集_2

 

IMG_3663_詩集_3

 

IMG_3772_詩集_4

 

_詩集_5

 

_詩集_6

 

_詩集_7

 

IMG_3756_詩集_8

 

IMG_3757_詩集_9

 

KYOBO書店の袋。何が書いてあるんだろう。素朴な感じがする。

 

IMG_3670_kyobo_1

 

IMG_3671_kyobo_2

 

金素月と白石の詩は『朝鮮詩集』(金素雲・訳編/岩波文庫/1954年刊・2010年12刷)に載っている。

 

「わすれねばこそ」 金素月

 

わすれねばこそ こゝろもくるふ、

ならば一生(ひとよ)をたゞ生きなされ

生きりゃ 忘れる日もござる。

 

わすれねばこそ おもひはつのる、

ならば月日を たゞ経(ふ)りなされ

たまにや想はぬ日もござる。

 

したが はてさて こればつかりは、

——しんじつ恋しいこゝろのひとを

束の間ぢやとて どうわすれよう。

 

この詩は、沢知恵さんが曲をつけて唄っている。訳者の金素雲さんは彼女のお祖父さん。『ライブ・アット・ラ・カーニャ 秋/沢知恵』2010年

 

方南通りにある栄町公園。よほどゴミが多いのか、この看板。

 

IMG_3655_ゴミ_040217

 

路上の文のまぼろしである。

 

IMG_3654_文_1

 

IMG_3656_文_2

 

中野駅前の電柱でカラスが巣作り。もう子供がいるのか。途中で雄が手伝いにやってきた。

 

IMG_3657_カラス_1

 

IMG_3658_カラス_2

 

今日の一曲 Woodstock/Joni Mitchel

Read More

〈ソウルの表示と巻貝〉

 

前回のソウルのつづき。大統領弾劾のデモがある世宗路のそばにこんな巨大巻貝がある。一体なんだろうか。夜は隙間からライトが点灯。通りの表示は、ハングル、簡体字、日本語の三ヶ国。以前は日本語はなかった。日本人の観光客が多いのだ。空港でたくさん会った。隣国の爆買いのひともいた。

 

IMG_3474_soeul_022017

 

IMG_3491_seoul_katakana_022017

 

IMG_3515_ソウル案内プレート_022017

 

〈顔の広告〉

 

広告は、タレントの顔が好き。顔を二つ並べたのが、同じ車両に三つも。中吊りと窓上。それに駅のホームのベンチの上。

 

IMG_3625_顔_1

 

IMG_3626_顔_2

 

IMG_3627_顔_3

 

IMG_3652_顔_4

 

〈酒井順子さん〉

 

「週刊文春」3月30日号、「私の読書日記」の酒井順子さん。

書き出しは、〈一日中座り仕事をしていた日は、無性に料理がしたくなる。一心不乱に野菜を刻んだりアクをすくったりしていると、邪念が頭から消えてゆく。結果として食べたいものが食べられる喜びももたらされるわけだが、料理は現実からの逃避行為としても秀逸なのだ。

さらにもう一つの料理の効能は、自分が「ちゃんとした人」であると思うことができる、ということ。特別に手をかけた料理でなくとも、自分で作ったという事実が、ちょっとした免罪符のように思えてくる。〉このあと、料理についての本が四冊紹介される。

しめくくりは、〈夫は食道癌。腫瘍があるため、固形物は飲み込みにくくなってしまった。夫のためにお粥を用意し、ジュースを作る妻。誰かのために、何かを作るという行為はやはり美しい。そんな妻もまた、誰かが作ってくれた料理を食べた大きくなったのだし、彼女が育てる子供達もまた、大人になったら誰かのために料理を作るのだろう。〉

 

週刊文春_酒井さん

 

〈Nothing to See Here.〉

 

またもやTIME誌(2月27日・3月6日合併号)の表紙をかざるトランプ。雑誌名の下、大統領の頭の上に「ここからは何も見えない。(Nothing to See Here.)」とある。ホワイトハウスの大統領執務室の机。左からの横殴りの雨と風。トランプの金髪が右になびいて、書類が散らばっている。絵はTim O’Brien。

 

time feb 27_cover_trump_1_20170222

 

〈Is Truth Dead?〉

 

TIME誌4月3日号は、 Is Truth Dead?(真実は死んだ?)という文字のみの表紙。これですぐに何が特集されているかわかるからすごい。本文の記事の扉では、タイトルが「トランプは真実をさばけるのか?(CAN TRUMP HANDLE THE TRUTH?)」リードは、「偽りを押し付け、陰謀の飛沫をまき散らす大統領が、現実の政治の挑戦に直面する(A President who peddles falsehoods and dabbles in conspiracy confronts the challenge of governing in reality)」。嘘発見機の写真と、あえてタイトルを小さくしている。こんな表紙の週刊誌は日本にはない。

 

time_040317_cover_2

 

time_040317_can trump hundle_3

 

さてわが方の「Is Truth Dead?」な状況。嘘をついているのは誰か。都合が悪くなると、すぐに手のひらをかえす。平気で嘘をつくひとがいる。それが国をあずかる政治家や役人。恥知らず。恥ずかしい気持ちがかけらでもあればやってられないのかな。

 

〈靴の穴〉

 

今履いているほとんどの靴の底に穴があいた。ずっとかわりばんこに履いていたけれど、ついにみんなへたばった。見ると、後ろの外側が減っている。どんな歩き方をしているからこうなるのだろう。穴があいたのはゴム底のもの。革靴は修理できるから、どれもみんな20年以上働きつづけてくれている。30年こすのもある。スニーカーのような靴のゴム底は直せないのだろうか。取り替えられたりするのだろうか。どの靴も上はまだまだ元気なんだけど。修理代金で新しい靴が買えるのかな(ネットで調べたら修理できる「シューグー」というのがある。試してみるか)。

 

IMG_3611_靴の穴_1

 

IMG_3612_靴の穴_2

 

IMG_3613_靴の穴_3

 

IMG_3614_靴の穴_4

 

IMG_3615_靴の穴_5

 

IMG_3616_靴の穴_6

 

〈芭蕉〉

 

『芭蕉さん』丸山誠司・絵/長谷川櫂・選句と解説/講談社刊/A4変型か(左右190ミリ×天地210ミリ)・上製/2017年

 

絵本『芭蕉さん』が出来上がった。去年の6月、「人形町ヴィジョンズ」での『蕪村と一茶』展がきっかけ。俳句の絵本をずっと作りたかった。丸山誠司君が描く蕪村の絵を気に入った編集者のOさんに話すと、すぐに決まった。最初に、去年の9月にOさん、丸山君、うちの助手の赤波江春奈さん、私との四人で「奥の細道」の東北の旅、宮城、岩手、山形から新潟までを取材した。この東北の小旅行のことは、以前にこのブログに三回(10月14日、11月4日、11月16日)にわけて書いた。松尾芭蕉の俳句の解説と選句は長谷川櫂さん。

 

芭蕉_1

 

芭蕉_2

 

芭蕉_3

 

芭蕉_4

 

芭蕉_5

 

芭蕉_6

 

芭蕉_7

 

芭蕉_8

 

〈本をつくる〉

 

『「本をつくる」という仕事』稲泉連/筑摩書房/四六判・上製/2017年

 

稲泉連さんの本。筑摩書房のPR誌「ちくま」での連載。本にたずさわるひとたちに稲泉さんがインタビューしている。光栄にも私もその一人にえらばれた。カバーはNoritakeの絵と描き文字(本の絵が不思議な形になっている)。仕事を探す若い人向けのような本のつくり。帯の〈こんなところにもプロがいた〉という文句に、友人の編集者が「本をつくる現場が〈こんなところ〉なのかよ」と嘆いていた。それにしても、このフレーズは別に本の現場でなくても、どこにでも使えるんじゃないの。

 

「本をつくる」という仕事

 

週刊文春(文春図書館/私の読書日記)で、鹿島茂さんがこの本を絶賛している。

〈入試監督・採点という大学教員の「宿命」が八日間ほぼ休みなく続き、疲労困憊。読書など不可能な状況だが、そうなるとかえって大量に本を買い込んでしまう。そして改めて思う。本というのは人類が生んだ最高の発明品なのではないかと。ところで、この発明品を支えているのが分業であるということはあまり意識されていない。この厳然たる事実を教えてくれるのが稲泉連『「本をつくる」という仕事』。〉

〈情報の媒体が紙から電子に代わろうとしている現在、モノとしての本に込められた人類の英知をもう一度確認するためのベストの本である。〉

 

「ちくま」では、荻窪の本屋さん「Title」の店主、辻山良雄さんがこの本について書いている。

〈一冊の本が自分の店に届くまでの長い物語を想像できるようになれば、入荷した本に対する本屋の気のかけ方も、自然と変わってくる。著者から読者へと続く一本の道の中で、最後に位置する本屋が出来ることは、自分が扱う本のことを少しでも知り、作り手の気持ちを汲み取るように丁寧に本を並べることである。入ってきた本をただそのまま置くということとは違う何かがそこには潜んでおり、それはその本が発する声をそのまま読者へと伝えることでもある。その本のしかるべき読者へ道を続けるには、本の作り手も売り手も、まだまだやることがあると感じた一冊だ。〉

 

この本で残念なことがある。第一章で、大日本印刷の秀英体の「平成の大改刻を取り上げている。それならプロジェクトの最高の成果である(と私は思う)「秀英明朝L」を本文に使ってあげればいいのに。読者にとってはよい見本になるはず。デジタルフォント初期に作られたイワタ明朝体オールド(R)よりはよいと思うんだけど。このイワタは本文用としては細すぎる。(初版の第六章に大きな誤植を見つけたが、増刷では直っているかな?)

 

〈SHMの数字と欧文書体〉

 

『日本人の9割が間違える英語表現100』キャサリン・A・クラフト/田中哲彦編訳/ちくま新書

 

久しぶりに写植のSHM(秀英明朝体)を見た。著者名のアルファベットの「A」と、この帯で見られる「!」が独特のデザイン。鈴木勉さんの手になるこの復刻版秀英初号は素晴らしいが、唯一これが気にっくわなくて、私は、感嘆符・疑問符・欧文は別の書体を使っていた。友人の元写研のデザイナーに訊くと、当時の会社の方針で、欧文や記号は秀英のエレメントを使ってデザインしたのだ。大日本印刷がデジタルで復刻した「秀英初号」の従属欧文は、ボドニみたいな書体になっている。

このジャケットでもうひとつ気になること。数字の「9」と「100」がちがうこと。デザインがちがうし、「100」のほうは長体(あるいは数字書体の全角三桁か)がかかっていて結果、「9」より「100」が小さく見える。背は狭いので仕方ないが、表側では100はもっと大きくできる。これでは「9割」のほうが「表現100」より重要に見える。機械的な和字と左右を揃えたのか。「100」を「9」と同じ書体にしても問題はないと思える。このデザインに疑問はなかったのか。

 

英語表現100

 

〈下北沢駅のエレベータ―〉

 

「はなし口」って何だ? 下の非常ボタンの指示は漢字入り。下のボタンを「押しつづけて」ここから「話す」のね。その下の「かいさつ」は平仮名。

 

IMG_3628_はなし口

 

〈荻窪へ〉

 

新高円寺のメトロのサイン。階段に統一デザインのサインがあるのに、手前の柱に自前で出力した貼り紙をしている。「荻窪」と矢印の「方面」にわけて工夫をしている。日本の駅はこういう過剰な親切の貼り紙であふれている。

 

IMG_3640_荻窪へ_1

 

IMG_3641_荻窪へ_2

 

今日の一曲はこれ。

One/Harry Nilsson

Read More

〈追悼 谷口ジロー〉
谷口ジローさんが2月11日に亡くなった。このブログの原稿をいろいろ用意していたけれど、変更して私がてがけた谷口さんの本のブックデザインを紹介する。
2月17日から20日までソウルにいた。韓国出版学会主催の「韓中日タイポグラフィセミナー」に招かれて研究者にまじってブックデザインの話。セミナーは宿泊したホテルの最上階の会議室。同時通訳で、昼食をはさみ19日の午前9時半から18時まで。最終日の20日には主催者の案内を辞退し自由時間をもらい、ソウルの街を朝の10時から空港お迎えの車が来る午後に2時までぶらぶら。大型書店KYOBO(教保文庫)に行くと、谷口さんの『孤独のグルメ』の韓国版があった。

 

IMG_3484_taniguchi in seoul_022017

 

谷口さんの本を最初にデザインしたのは『「坊っちゃん」の時代』。関川夏央さんの原作で谷口ジローさんの画。ジャケットでは、作画の区別をしていない。1987年刊/A5判/双葉社
第二部『秋の舞姫』1988年/第三部『かの蒼空に』1992年/第四部『明治流星雨』1995年/第五部『不機嫌亭漱石』1997年
「『坊っちゃん』の時代」全五巻は10年がかりの作品である。
ジャケット、表紙、帯はタテ目の紙を無理矢理使っている。ジャケットと表紙は〈こざと・秋色〉、見返しは、第一部と二部は〈新利休・むぎ〉第三部は〈新利休・びーどろ〉第四部は〈新利休・べんがら〉第五部は〈新利休・よぎり〉。帯と別丁扉は〈こざと・冬色〉写植の文字を凸版におこして、BLのみで活版刷り(三刷あたりまでだろう。あとはオフセット)。
ジャケットはCMYKの4色ではなく、絵をBLと特色グレーでダブルトーン、タイトル部分の丸やひし形、三角がダブルトーンに使ったグレー、人物の後ろのパターンが特色2色。各巻で色を変えている。パターンの中の線は金。メインタイトルの文字は、矢島周一の『図案文字大観』の大正15年の初版から文字をひろってきてコピーの荒れを利用。文字の抜けた小さな穴に特色グレーを入れている。
第三部からの帯のゴシック仮名書体は、府川充男さんから提供された金属活字を写植の簡易文字盤化した〈凸版30ポイントゴシック〉。第一部と第二部は、漢字YSEG-L、仮名K-MYEG。
谷口さんには、普段のペン描きではなく墨と筆のタッチにしてほしいとお願いした。谷口さんは自信がないと言いつつ、何枚も漱石の絵を描いてきてくれた。背の絵柄は本文から抜き出した。

 

1_坊っちゃんの時代_20170228

 

2_坊っちゃんの時代_帯付き表4_20170228

 

3_坊っちゃんの時代_表1_帯無し_20170228

 

4_秋の舞姫_20170228_191718_0002

 

5_秋の舞姫_帯付き表4_20170228

 

6_秋の舞姫_表1_帯無し_20170228_215542_0003

 

7_かの蒼空に_20170228

 

8_かの蒼空に_表1と背_帯無し_20170228

 

9_明治流星雨_20170228

 

10_明治流星雨_表1と背_帯無し20170228

 

11_不機嫌亭漱石_20170228

 

12_不機嫌亭漱石_表1と背_帯無し_20170228_192325_0007

 

双葉文庫版は2002年から2003年にかけて。明治の風景を淡彩で自由に描いていただいた。タイトルの位置を各巻で変えた。ラベルの色も変えている。

 

13_坊っちゃんの時代_文庫_20170301

 

〈『「坊っちゃん」の時代』をはじめて読んだ時、わたしはそこに「文学」が生き残っていることに驚いた。そして、見てはならないものを見たような気がした。わたしたちは、それをすでに亡きものとして扱ってきたからである。
『「坊っちゃん」の時代』は、これに続く四巻と同様、明治の作家をその登場人物としている。それは、夏目漱石、森鷗外、石川啄木、二葉亭四迷、島崎藤村、といった文学史の巨星たちだ。わたしは何度も、彼らの作品を読み、彼らについて書き、彼らについて考えた。白状しよう。私の中で、彼らはすでに用済みになっていた。彼らは、歴史の中の人間であり、彼らが生きていた時代は遠い過去であった。しかし、このマンガの中で彼らは確かに「生きて」いたのである。(高橋源一郎/文庫・第一部解説より)〉

 

14_秋の舞姫_文庫_20170301

 

〈だから、読者であるわたしたちは、『坊っちゃん』の、『舞姫』の、背景や歴史をふくんだただの解説を読んでいるのではないのだ。こんな世界、人間で、あり得た(あった、では、むろんない。このシリーズは実在の者を描こうとしたところにその素晴らしさがあるのではなく、実在の者を解釈――あり得るし、またあり得なくとももしかしたらそうあり得たかもしれないと騙すくらいに説得力のあるーーしたところにその膂力を感じさせるものなのだから、当然「あった」ではなく「あり得た」ことが肝心なのである)ところの世界を読んでいるのだ。それが何よりも読者をわくわくさせる。楽しませる。そして、さまざまに考えさせるのである。(川上弘美/文庫・第二部解説より)〉

 

15_かの蒼空に_文庫_20170301

 

16_明治流星雨_文庫_20170301

 

〈そのような、明るく、つましく、貧しくとも意気軒昂な時代を、けっして戦後の、あるいはそれに続く近代以後(ポストモダン)の、歴史観・価値観になづまない、健全で、堅固で、常識的な観点を保持した「平屋建ての思想」によって描き切ったところに、この連作の思想史的意義がある。「平屋建ての思想」の強みは、戦前にも、大正期にも、明治期にもあった思想に連なる常識人の思想だということだ。たぶん関川は、それを一人で作っているのではない。それなら、他にも彼の年齢の言論人のなかに彼に類した明治つながりの常識人がもう少しいてよいはずだ。わたしの見立てをいえば、そこの彼の相棒谷口の見えざる薫陶がある。あくまで明朗に。あくまで堅固に。(加藤典洋/文庫・第四部解説より)〉

 

17_不機嫌亭漱石_文庫_20170301

 

〈私にとって、明治とはどういう印象の時代か。
この作品を書いた関川夏央・谷口ジロー両氏は私よりも一世代若い人たちである。その人たちと私の世代の違いといえば、戦争時代の直接の記憶があるかないかであろう。わずかの違いとはいえ、明治への視線にその違いが出ているような気がしないでもない。(略)
ある日、村人が道を歩いていると、樹海から這い出てきた人がいる。わかってはいるが、つい尋ねてしまった。「どうしたんですか」。「高い木の枝で首をくくったら、枝が折れて落っこちた」。そこで村人は思わず「それで、大丈夫ですか」と訊いてしまった。返事は、「ああビックリした。死ぬかと思った」。
日本人とはこれであろう。思いつめて、首までくくる。しかし枝が折れてみると、ああビックリした、死ぬかと思った、というのである。
明治はこの種の軽さがなかった時代である。私は理解している。この種のある軽さは、いまや日本中に蔓延している。銀行の頭取たちは、自分の退職金が出ないなんて、そんな「とんでもないこと」と文句をいう。他方、経済の専門家たちは「失われた十年」と平然という。俺のことだ、俺のことではない、いずれにしても同じ軽さであろう。関川・谷口両氏が『「坊っちゃん」の時代』を描く背景は、だから私にはわかる。わかる気がする。漱石はその軽さがないから、胃潰瘍になった。(養老孟司/文庫・第五部解説より)〉

 

新装版は2014年。タイトルレタリングを岡澤慶秀さんにお願いした。ジャケットの絵は、あらためてカラーで各巻の主人公のポートレートを谷口さんが描き下ろし。扉は、オリジナルの絵、表紙裏は文庫版に描いてもらったジャケットの絵と、そのときに使っていない未発表の絵。

 

18_坊っちゃんの時代_新装_20170301

 

19_秋の舞姫_新装_20170301

 

20_かの蒼空に_新装_20170301

 

21_明治流星雨_新装_20170301

 

22_不機嫌亭漱石_新装_20170301

 

23_坊っちゃんの時代_新装_帯無し_20170301

 

24_秋の舞姫_新装_帯無し_20170301

 

25_かの蒼空に_新装_帯無し_20170301

 

26_明治流星雨_新装_帯無し_20170301

 

27_不機嫌亭漱石_新装_帯無し_20170301

 

2月16日読売新聞朝刊の関川夏央さんの追悼文。

 

image1_谷口さん読売_021617

 

谷口さんから『ゴッド・ファーザー』のボックスセットをお借りしたままである。谷口さんが好きな映画だと言っていた。もう返せない。奥様にご返却してもいいけれど、形見に預かっておくつもり。

 

今日の一曲は、だから
Love Theme from Godfather/Nino Lota

Read More

〈美術館にクロークをお願いします〉
ルカス・クラナーハ展の国立西洋美術館内で見た看板。日本の美術館には、なぜ、海外では当たり前のクロークがないのだろうか。あちらでは小さなバッグ以外、リュックのような大きいものはあずけさせられる。クラナーハ展では、子供は歩かせて、自分たちの荷物をつめたベビーバギーを押しながら鑑賞している親子がいた。クロークがあればあずけられる。ここで美術館の客にたいする気持ちがわかる。クロークならば、係のおじさんやおばさん、あるいはおねえさんとコミュニケーションができる。狭くて淋しいコインロッカーはだめだ。この看板には「大きなお荷物、重たいお荷物以外はお手持ちください」と書いてあるが、そんなに大きなコインロッカーはない。世界遺産の国立西洋美術館なんだからがんばってほしい。入り口にある、あのコルビジュエの建築のファサードに似合わないカギ付き傘置きは、クロークがあればなくせるじゃないか。六本木の国立新美術館は入り口に、エントランスより偉そうにしている紀章先生デザインの専用傘置き場がある。なんだあれは。

 

IMG_3077

Read More

〈レナード・コーエン〉
先週、午前中のラジオ(NHK「すっぴん」金曜日)で、今週のMUSIC SCRAPの担当の中原昌也が、先月亡くなったレナード・コーエンが大好きだと言っていた。意外だったが、さすが中原昌也だと嬉しくなる。彼が追悼で選んだ3曲は、Suzanne、Diamonds In The Mine、So Long Marianne。「これ、全部おねえちゃんの歌だね」「ボブ・ディランがノーベル賞をとったけど、レナード・コーエンも、前に候補にあがったんだよね」と語る。彼はカラオケでコーエンの曲を唄うらしい。

 

leonard cohen_fromsongsfromtheroad

Read More

〈トランプ〉

「アホ!」「何やて!」「アホ!」「何がアホやねん!」「お前はアホじゃ!」「どっちがアホやねん、アホ言う奴がアホじゃ」子供のときのののしり合いの最後はこれになる。さんざんトランプを馬鹿にして、彼をアホやと言っていたこちらも相当なアホだと思う。他所さんの国の他人事ではない暗い気分にさせられる。アホな世界が充満してくる。感情的になりすぎか。こんな単純なことではない。世界が分断されていることが、さらにあらわになった日。

 

伊野孝行君にトランプを描いてもらった。三点も描いてくれた。

 

トランプ1

 

トランプ2

 

トランプ3

 

Read More

テレビを見ていると、ときどきいい言葉に出会うことがある。
「時が経っても変わらずにいたら、それは新しいものになると信じているんだ」〈パオロの食堂〉店主(世界入りにくい居酒屋・ボローニャ篇)

 

〈教会〉
久しぶりに十貫坂教会。「生きた石として用いられる」、強い言葉だ。生きた石になれるだろうか。

 

IMG_2770教会_生きた石

Read More

9月24日から27日まで東北に行った。松尾芭蕉の本のために、奥の細道の一部をたどる。松島から出雲崎まで。iPhoneで撮る奥の細道。まず塩竈から松島へ。芭蕉と曾良は、5月9日(6月25日)の朝、塩竈明神に参詣。〈早朝塩がまの明神に詣。〉お昼には船で松島に渡る。〈日既午にちかし。船をかりて松嶋にわたる。其間二里余、雄嶋の磯につく。〉まずは、仙石線で仙台から本塩釜まで。

 

今回は初日24日の写真。東京発9時08分こまちで、10時40分仙台に。11時7分の東塩釜行き、11時36分本塩釜に到着。

 

車内の手作りのマナーポスター。乗客はそんなにマナー悪くない。

 

IMG_2330_manner_1

 

IMG_2398_manner_2

Read More

〈灘本さん〉
森英二郎さんが、自身のブログMEXOS-HANAXOSで灘本唯人さんの思い出を書いていた。60年代のデザイナーには関西出身のひとが多い。田中一光、横尾忠則、早川良雄、黒田征太郎、長友啓典、山城隆一、永井一正など。伊野孝行君と丹下京子さん、霜田あゆ美さんが灘本さんの絵を描いてくれた。ちなみに、彼らは灘本さんから顔もおぼえられていなかったという。個人的には、灘本さんから60年代と70年代のお話をきちんと聞いておきたかった。残念だ。

 

Read More

〈オリンピック〉
このブログは7月は1回だけ、ついに8月はさぼってしまった。そして、9月になってしまった。7月の二回の選挙の投票率のこと(宮崎県西米良村は参院選で投票率91.13%だ)を書こうと思っているうちに、オリンピックが始まった。東京オリンピックには大反対だけど、見てしまう。開会式の演出は、『シティ・オブ・ゴッド』のフェルナンド・メイレレス。シンプルでよかった。聖火がぶら下がるアイデアがおもしろい。その後ろの太陽のような動く彫刻も怪しくてよい。誰だろう。隈研吾はどうするんだろう。音楽もよかった。テレビの解説は、なぜブラジル音楽の詳しいひとをゲストにしないんだろう。盛り上がるのに。閉会式でブラジルのこどもたちがアカペラコーラスで唄った「君が代」に聴きほれる。東京のプレゼンテーションは、渋谷の交差点とマリオのイメージ。今の日本はゲームなのか。それにしても、新聞やテレビの毎日のメダル騒ぎは、はしゃぎ過ぎ。

Read More