近松、黒澤、TIMEの表紙、大高郁子さん、John Prine

〈近松世話物〉
『近松世話物三種』大正10年10月刊/1921年/湯川松次郎/函入り上製・布装/本文サイズ=128ミリ×92ミリ/本文8ポ/行送り15ポ/書体は内田明さんのご教示である。〈本文活字の書体は築地8ポと同じだが古い六号ボディー(7ポ75相当)。明治20年代(後半?)から大正(末?)まで、築地六号hじゃ7ポ75相当。奥付の井上書籍印刷所のクレジットは「フワンテール」あるいは「フワンテル」などという名前で築地系の見本帳にある活字の9ポでしょうか。〉これは「ファンテール」という名称で、写研によって1937年に文字盤化されている。

 

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編者が選んだ近松の世話物『大経師昔暦 たいきやうしむかしごよみ』『壽門松 ねびきのかどまつ』『女殺油地獄 をんなごろしあぶらじごく』の浄瑠璃を活字化した本。出版社名が奥付、函、本文にない。奥付に編集兼発行者として湯川松次郎の名前がある。このひとは1930年に湯川弘文社(現在は弘文社)をつくっている。目次はない。最初に文字の扉があり、次に木版の絵(観邦画と署名がある。小林観邦という画家か)、「おさん茂兵衛」のおさんが猫を抱いている。そして解題、波形の罫で本文が囲まれている。函にも表紙にも絵があるが、いずれもタッチがちがう。これらの絵のクレジットはない。函は大津絵風、表紙はちょっとモダンなアールヌーボータッチ、口絵は浮世絵。表紙は薄い水色で、着物のしぼりの模様があしらわれている。見返しはピンク色の紙。本のサイズも、外装の意匠もかわいらしい。奥付は、シンプルだが罫の使い方がおもしろい。この最終頁も全体のかわいい路線にそったデザイン。印刷所のクレジットに変わった書体を使っている。こういう奥付の工夫(遊び)は誰が考えるのか。編者か組版職人のアイデアか、両者の共同作業か。
これは京都のUmweltに常設されている「あがたの森書房」の本棚にあった。弘文社の沿革によると〈1904年(明治37年)湯川松次郎、19歳の時、大阪市東区平野町において書籍小売店を開業〉とあるから、この本は湯川が26歳のときである。解題の最後の〈岸の里の僑居にて 編者識〉に、年配の浄瑠璃好きがつくった本を想像していた。

 

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ファンテール

 

〈赤ひげ〉
昨年末、NHKBSで『赤ひげ』を見た。封切り時の1965年、私は16歳。そのときも、その後も何度か見ている。

〈原作「赤ひげ診療譚」は小石川療養所につどう患者たちの横顔を切り取った八編からなる連作で、周五郎の本領が存分に発揮されたヒューマンドラマである。黒澤は三時間という長尺のなかに原作のエピソードを巧みに配置しながら、荘厳な交響曲のようなタッチで全編をまとめあげ、あの周五郎をして「原作よりもいい」といわしめた。〉〈それまでつねに圧倒的な強さをそなえた武士を主人公とし、社会悪に対して時に正義の暴走とも思えるほどの徹底した憤りを表明してきた黒澤が『赤ひげ』においては三船 “三十郎” 敏郎演じる武士然とした医師・新出去定はあくまで各エピソードの狂言回しにとどめ、貧困という病をかかえた市井の者たちの “弱さ” あるいは “醜さ” をも優しく包み込むような視点で描いているということだ。〉(「山本周五郎原作映画の系譜」佐野享「文藝別冊 山本周五郎」2018年4月/河出書房新社)
この通り、いくつか挿話は省かれているが、山本周五郎の小説を丁寧に映像化している。映画の中で唯一の、胸がすく三船敏郎の赤ひげのアクションシーンは、原作とまったく同じ。
〈「じじい」と彼は問いかけた、「てめえ本当にやる気なのか」
「よしたほうがいい」と去定が云った、「断っておくがよしたほうがいいぞ」
男は突然、去定にとびかかった。
登はあっけにとられ、口をあいたまま呆然と立っていた。裸の男がとびかかるのははっきり見たが、あとは六人の軀が縺れあい、とびちがうので、誰が誰とも見分けがつかなかった。そのあいまに、骨の折れるぶきみな音や、相打つ肉、拳の音などと共に男たちの怒号と悲鳴が聞え、だが、呼吸にして十五六ほどの僅かな時が経つと、男たちの四人は地面にのびてしまい、去定が一人を組伏せていた。のびている男たちは苦痛の呻きをもらし、一人は泣きながら、右の足をつかんで身もだえをしていた。〉
時代劇なのに、映画の画面と構図はシンプルでモダン。原作の乾いた文体に触発されている。引用した「文藝別冊」では、この小説をヒューマンドラマとしているが、文章はハードボイルドで現代的で、人間の生きる苦悩と悲しみが謎解きのように描かれている。この文体が映画に影響を与えている気がする。『椿三十郎』のあと『天国と地獄』をはさんで、この『赤ひげ』。人物の目に光をいれているのが印象的。光と影のコントラストが強い映像と、キャッチライト。余分な感情をゆるさないほど禁欲的な絵柄。黒澤はこの映画だけでなく、作品ごとにさまざまなこころみをしている。あらためて彼の映画に興味がわく。年の暮れの夕方、軽い気持ちで見はじめたのに引き込まれてしまった。
小説では、赤ひげ新出去定がこんなことを言う。
〈「(略)おれはやっぱり老いぼれのお人好しだ、かれらも人間だということを信じよう、かれらの罪は真の能力がないのに権威の座についたことと、知らなければならないことを知らないところにある、かれらは」と去定はそこで口をへの字なりにひきむすんだ、「かれらはもっとも貧困であり、もっとも愚かなものより愚かで無知なのだ、かれらこそ憐れむべき人間どもなのだ」〉

 

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今年になって出た「黒澤明DVDコレクション」のシリーズ。年の暮れのBSの黒澤特集はこれと連動していたのだろうか。第一回は『用心棒』。『赤ひげ』は第三回。モダニストの黒澤明なのにパッケージのデザインが古すぎる。紙の部分の編集はおざなり。まともな黒澤明論でもあるのかと期待したが、封切り時のオリジナルのパンフレットやポスタ―とインタビューだけ。DVDコレクションなどこんなものでいいというつくりが、時代錯誤じゃないか。

 

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〈青森〉
3月は、青森と松本(松本のことは次回に)に行った。青森では、雪に埋もれた青森県立美術館を見に行った。一泊二日の翌日は棟方志功記念館にも。残念ながら県立美術館の内部は撮影禁止。常設くらいお許しいただけないものだろうか。かろうじて入口のレタリングを撮る。このレタリングが館内のサインデザインにすべて使われている。目眩がする。冠雪した奈良美智の巨大な犬は外にあるからか、ガラス越しに撮影できた。若い外国人のお客さんが多かったのはこれが目的かな。青森市内の商店街の新町通りの看板はちょっと懐かしいデザイン。ゴナと矢島週一さんの『図案文字大観』のアレンジのように見える。文字の先のギザギザがこまかい。

 

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図案文字大観

 

TIME誌、2018年4月23日号の表紙。なんと、2017年2月27・3月6日合併号のつづきである。去年は「Nothing to See Here.(ここからは何も見えない。)」大統領執務室の机。左からの横殴りの雨と風。トランプの金髪が右になびいて、書類が散らばっている。
今回は「Stormy.(嵐。)」、前回の机が嵐の海に消えてしまっている。Tim O’Brienの絵は前回のバリエーション。
2018年1月22日号の表紙は、「Year One.(一年目。)」トランプの金髪が炎上している。

 

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〈大高郁子〉
2月に出た大高郁子さんの『久保田万太郎の履歴書』の書評。毎日新聞日曜日の「今週の本棚」(4月8日)と「週刊文春」4月19日号の池澤夏樹さんの「文春図書館 私の読書日記」に。毎日新聞は無記名の短い欄だが、無駄無く要を得て的確な文章である。隣に見返しの絵が掲載されている。〈ふとした折に久保田万太郎のことを知った大高郁子は、次第にその世界にひきこまれていった。この本は、その自然で幸福な出会いと探索の結晶である。巻末の精細なガイドと地図は、文学への旅情をさそう。これまでにない形式で書かれた、とてもすてきな文芸書。〉
池澤夏樹さんのほうにはこんなことが書かれている。〈文章の部分は久保田自身が書いた「私の履歴書」とその続編ともいうべきもの、それに編者の追加が少々。いわば圧縮された自伝である。これを短く切って一ページごとに配し、そこに絵をつける。絵だからここには引用できないのだが、これが見事。味と風情があって、この劇作家・作家・俳人の」立派とダメがよく伝わる。〉

 

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毎日新聞「今週の本棚」_1

毎日新聞「今週の本棚」_2

 

〈春一番2018〉
今年も春一番コンサートのポスター。いつもの森英二郎さんの木版画である。

 

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〈衣笠祥雄〉
行きつけの中野鍋屋横丁のラーメン屋さんで、4月23日に亡くなった衣笠祥雄を悼んで彼の背番号が飾られていた。もちろん店主は大の広島ファン。

 

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〈今日の一曲〉

Remember Me/John Prine and Kathy Mattera

古いカントリーの名曲を、ジョン・プラインが2016年のデュエットアルバムFOR BETTER, OR WORSEでやっている。この曲は、ノラ・ジョーンズがTHE LITTLE WILLIESのFOR THE GOOD TIMES(2012年)で、ウィリー・ネルソンがRED HEADED STRANGER(1975年)とりあげている。

 

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